「アクアリウムの夜」    水蜜 タイトルコール 「アクアリウムの夜」 魚はなにを考えているのだろうか? 日が落ちた、この四角く区切られた水は冷たいのに。 躊躇うこともなく、水の粒と光のかけらの中を泳いでいる。 水族館は不思議な空間だ。 確かにそこに水の世界があって、暮らしがあるのに、 手をのばしても、俺のいる場所とはあちらがわとこちらがわ、 交わることはない。 すっぽりと違う世界が、透明な壁で切り取られているようだ。 ガラスの前には俺一人。 人の波はいつのまにか引いていき、照明が静かに落とされてゆく。 闇の中に光るこの偽りの海の魚は、 ここに連れてこられたことにも気づかないのだろうか。 それとも、海に帰りたいのに、ここから出たいのに、 叶わず、時がくるのを待っているのだろうか。 目を閉じれば・・・・ 誰かが俺に手を伸ばす。 冷たい体が抱きしめる。 唇に冷ややかな感触。 俺の体はガラスをすりぬけた。 心の瞳が俺の手をひく、誰かをとらえた。 透けるような白い肌。悲しいほど鮮やかなブルーの髪。 青い瞳も俺を捕らえた。 悲しげに唇が動く。 カエリタイ 何度も何度も彼女は繰り返す。 カエリタイ 俺はたまらなくなって冷たい体をひきよせた。 帰れる。帰ろう。仲間の元へ。 彼女の唇がまた動く。 アナタモカエレルノ? 虚をつかれて俺は彼女を黙って見つめる。 彼女も黙って俺を見つめる。 たぶん。帰れる場所はあるはずだ。 帰りたいと思う気持ちがあれば、帰れるんだ。 青い瞳はみなものようにたゆたい、微笑んだ・・・・ アリガトウ。 ふと、顔をあげると、そこはやっぱりガラスの前で。 でもその偽りの海には、一匹の青い魚の姿がなかった。 END