朗読台本素材「浜辺の夏帽子」 タイトルコール「浜辺の夏帽子」 ■SE:波の音、かもめなど 人影のない砂浜。 夏に別れを告げて季節は秋に向かおうとしている。 麦藁帽子はすこし季節外れだったかもしれない。けれど、まだまだ日差しは強いのだからいいのだと自分に言い聞かせて波打ちぎわに向かう。 ふいに突風にあおられて麦わら帽子が空へと舞い上がった。 待って!! 弧を描いて風の中をすべる帽子の向こう側に、思い出が何度も壊れたビデオのようにフィードバックしていた。 浜辺にはあの日の私と仲間たち。 5年前のあの日は、白いブラウスを着ていた。 プリーツのスカートをはいていた。 日が暮れるまで仲間と遊んで、帰りたくなくていつまでも浜辺で他愛無いおしゃべりをしていた。 日差しに感情が交差し、懐かしさと痛みが、よぎる。 同じ風景を見ているはずなのに、うれしそうに、幸せそうに笑う、 高らかな声が、静かな海にこだまする。 彼女たちには大人になった私には見えない何かが見えていたのだろうか。 乾いた砂に帽子がふわりと落ちる。 目の前のまぼろしもふわりと見えなくなった。 そして、私はどうしてここに来たのかということに気づいた。 私は私を見つめるためにここに来たのだ。 終わってしまった時間の残る場所で、また、新しく始めるために。 飛んでいった帽子と一緒にこころが軽くなったような気がした。