車内から見える茜色の夕焼けが、カーボン色の夜にすこしずつ染まっていく。
空が暗さを増していくのに反比例して遠くの町に明かりが灯りはじめる。
わたしはまわりの乗客に気づかれないようにそっとため息をついた。
電車で30分、そのあとバスに乗って7分。
この帰り道の中で、気持ちが持ち上がっていくとはとても思えない。
今日に限って電車は満員で、座る場所どころかつかまる場所すら
おぼつかなかった。
ぎゅうぎゅうと人の波に押し返されながら寂しい窓の外を眺めていると、
今日の苦い気持ちがまた押し寄せてくる。
あの時ああ言わなければ。
あんな失敗をしなければ。
今更どうにもならないことばかりだ。
こうやって何度も何度も嫌な事を自分のなかで反芻してしまうのは
ほんとうに悪い癖だ。
またわたしは深く、音を立てずに息を吐く。
電車ががたんと大きく揺れ、カーブを曲がったところで、
沈もうとしている夕日が目に飛び込んでくる。
一瞬、すべてを忘れて見とれてしまう。
なんて、なんて美しい赤。
寂しく見えていた街が、夕暮れの光できらきらと輝き始める。
そうだ、ちょっと見失っていた。
同じ風景だって、角度ひとつでちがうものになる。
わたしの見方ひとつできっと、世界だって変わる。
深呼吸するとあんなにも沈んでいた気持ちがすこしだけ、
軽くなっていた。
そうだ、途中下車してあの、小さなタッセルのついた靴を買いに行こう。
いつか買おうと思っていたふわふわの部屋着でもいいかもしれない。
歩き疲れたらお気に入りのカフェで苺とクリームがたっぷり乗ったケーキと珈琲。
好きなものでわたしを満たそう。
きっと、明日は笑える。
フォトCDブック「Renon nicola」に寄稿したものを加筆修正しました
こちらは素材ではありませんので脚本としての使用は出来ません。